創世記(2)

2022年12月24日

2014年8月17日
聖書箇所:創世記2:4~25
宣教題:最初の人アダムとエバとは 

小さいお友達に質問です。8月15日は何の日でしょうか。(終戦記念日)日本はどこの国々と戦って戦争に負けたのでしょうか。戦後69年間日本は戦争をしていません。なぜでしょうか。

日本にとってもアジアの国々にとっても8月は戦争の悲惨さを改めて思う特別な月です。69年前の夏まで日本はアメリカや諸外国と戦争状態にありました。そして8月15日直前に近くの熊谷、伊勢崎ではアメリカB29爆撃機による空襲攻撃があり多くの家や人が焼かれて亡くなりました。改めて戦争をしないで平和を守り抜くことの必要性を思わずにはいられません。如何に周りの国と戦争をしないで平和を保って行けるかが今後の大きな課題です。自分の歩みは小さくても平和につながるような生き方をしたいと願っています。

さて、今日は創世記から第2回目の学びでアダムとエバについてです。創世記1:1~2:3までが天地創造から人間の創造、そして7日目に創造の業が完成して休まれたと書かれています。
そして今日の話は2:4からです。この箇所は創造主による6日目の事が再び記されています。神が造られた世界がその後どうなっていったかと言うことです。それが4節の経緯と言う言葉です。
読んでいて分りにくい言葉や誤解して覚えている言葉があるかもしれませんのでそれを説明しながら学んでまいりましょう。因みに聖書理解は基本的にはそのままの事実として文字通りに読むことが原則です。イエス様もその様に解釈しました(マタイ19:4)。

1、人の創造(2:4~7)
3日目に植物が造られているのにおかしいのではないかと思われる方がいるかもしれません。ここは地の全面でなくエデンという場所に限定して1本の木も生えていなかったと言う事です。
7節
最初の人が造られた時の事が書かれています。土地の塵で人をかたち造りその鼻に命の息を吹き込まれた。因みに土地(アダマー)で人(アダム)を造ったのです。
塵とはごみのことではない?物の一番小さな物質で土からできた。人は土で造られたから死んだら土に帰るのです。これを思うと人とはなんとはかない存在であり、無価値であるかのようにも思えます。しかし同時に人に神の命の息が吹き込まれましたので最高の存在でもあります。命の息が吹き込まれるとは神のかたちに造られたということです(1:27)。外面は言葉、表情があり、自然界を支配する存在です。内面は知性、感情、意志、神を思う心、礼拝する心があります。それが神の形にということです。ですから土で造られ、土地に返るはかない存在でありますが、同時に神の形に造られている尊い存在であります。これが人間の尊厳です。

2、エデンの園の創造(8~14)
 エデンとはメソポタミヤの一地方を指す。意味は喜び、楽しみ。神、主はこの一部に園を設け、人を置きました。それがエデンの園のアダムを置かれたという事。
 エデンの園を(設けた)(プラント・・植える)それでここは潤いの場所となりました。
・命の木、それを取って食べると肉体的に死なない木である。
・善悪の知識の木、17節、但しこの木からだけは取って食べるなと神はアダムに命じました。
理由、人間のきよさを確定させるため→善悪の知識の木の実を取って食べると、知識の総体(全部)を知り神のようになるが実際の行動において正しい事を知っていてもその善に生きる事はできない。それは神のようにふるまう存在となり神から離れ自分を神とするのです。これが人の罪の本質です(原罪です)。

3、エデン契約(15~17)
耕すとは労働、奉仕、礼拝という意味である。人が労働する事は神に仕える奉仕であり、礼拝です。労働は人が罪を犯す前から人間に与えられていた大切なものでした。何故なら労働は神に仕える事であり、礼拝であるからです。これを忘れてはいけないのです。こうしてみると、人間は仕事においても礼拝、教会においても礼拝である。月曜から土曜日までは俗社会で働き、日曜日が聖なる日という区別はないのです。人が仕事をすることによって毎日が礼拝なのです。
 
4、女の創造(18~25)
 ・良くないとは悪いという意味ではなく未完成、満たされていないという意味である。
 ・助け手を造ろう(エゼル)。エリエゼル(私の神は私の助け)出エジプト18:4女性は価値が低いということはありません。支配関係や上下関係ではない。助け手とは価値が低いから男性を補充する、助けるという意味ではないので誤解の無いようにお願いします。神ご自身に用いられるものとしての助け手であることを忘れないようにしましょう。
 ・あばら骨とは脇腹のことです。肋骨の事ではありません。良く男のあばら骨は一本足りないとか言われますがそんなことは全くありません。神は男に深い眠りを与えて、脇腹のどこかの骨と肉の一部を取り、肉でふさがれたのです(これが世界で最初の外科手術)。
こうして一人の女を造り上げた。アダムは結婚の契約の言葉をのべます。骨からの骨、肉からの肉。ヘブル語の言葉遊び。女(イシャ)と名づけよう男(イシュ)から取られたのだから。

適用
1、あなたはどこから来たか
人は最初から神の形に造られました。最初の人であるアダムとエでバが私達の先祖です。尊い存在なのです。あなたも私も神のかたちにつくられたのです。その尊さを受け継いでいるのが私達であります。あなたも私も神のかたちに造られた尊い存在です。神の前にも人の前にも必要な存在として目的、使命を受けてこの世に生まれたのです。

2、命の回復
アダムは神の言葉に背き、罪を犯し、神から離れ、死ぬものとなりました。私達もアダムの罪を遺伝的に受け継ぎ、死を免れない存在であります。このアダムの罪、原罪はどうすることもできません。消すことはできないのです。しかしこの罪を解決するのが最後のアダムであるイエス・キリスト(Ⅰコリント15:45)です。アダムから死が広がりました。反対にキリストから命が広がるのです。そういう意味でアダムはキリストの方であります。そしてキリストが最後のアダムなのです。
このキリストに繋がって生きるとき新しい命、回復を得て新しい歩みが始まります。あなたも今日から、今からキリストを救い主と信じてキリストに連なり新しく生かされてまいりましょう。

結び 暗唱聖句 創世記1:27 神は人をご自身のかたちとして創造された。