信仰生活の原点を確認しよう

2022年12月20日

2020年1月1日
参照聖句:マルコ12:28~34
説教題:信仰生活の原点を確認しよう

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
いよいよ2020年になりました。今年は東京オリンピックが開催される記念すべき年でありますが多くの選手たちの活躍が楽しみですね。
ただ良いことばかりではありません。今年も6月から10月迄の様々な自然災害について警戒しなければならない季節も待っています。日本でも地球温暖化の影響によって大規模自然災害が普通に起こり得る時代になってしまいました。経済はオリンピック景気後の不況が待っています。
政治は長期政権のおごりで政治家も、役人も、嘘がまかり通り劣化がひどくなっています。私たち国民は常に政治に関心を持ち、選挙で自分たちの意思を示していかないと、いつの間にか戦前の様に自由にモノが言えない国になってしまいます。その為にも常に政治について人の言いなりや長い物には巻かれろ、ではなく自分の意見や考えをきちんと言える人になりたいと願っています。

一方聖書的に世界の大きな流れを見ると、民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、すでに2回の世界規模での戦争が起こりました。方々で地震や飢饉も起こっています。これはまさしくマタイの福音書24章3節~8節のイエスの預言通り世の終わりが近づき、今はその前の「生みの苦しみの初めの中に」にあります。

そんな中で人口問題という視点から日本の現実の姿を見てまいりましょう。日本では1970年に65歳以上の人が人口の7%を超えました。これを高齢化社会と言います。そして1994年に65歳以上の高齢者人口は14%を超えました。これを高齢社会と言います。そして2007年にはついに65歳以上の高齢者は21%を超えましたので超高齢社会と言います。若い人が少なくて65歳以上の高齢者がどんどん増えていく今まで経験したことのない時代に入っています。国の在り方が大きく変わっていく現実があります。

そんな日本の中にあってキリスト教会はどうでしょうか。本庄キリスト教会を例にとってみると50人の方々が教会に何ら形でつながっています。調べてみると半数50%が65歳以上です。こうなると超超高齢社会の教会という事になります。別の言い方でこんな言葉をご存知ですか。限界集落。地域で昔は若い人や子どもも多くいたが今は限界集落になってしまったという言い方をします。
これは地域の中で65歳以上の人口が半分だということです。

本庄キリスト教会の場合は50人のうち半分が私たち夫婦も含めて65才ですから限界教会という事になります。限界集落はあと5年10年すると空き家だけが残り集落が消滅します。キリスト教会も仮にこのままいくと5年10年で半数になり、20年経つと更に半分になります。こうしてキリスト教会も建物だけが残りやがて消滅します。これは脅しではありません。多くの日本のキリスト教会が抱えている現実であり、本庄キリスト教会の未来の本当の姿です。このままいくと明るい未来は見えません。それ故、今地方自治体も国も必死でこの流れを食い止めようとしているのです。

ここ迄が日本のキリスト教会の現実であり、このままだと20年後は建物だけが残り教会員は数名というのが現実です。現に20年後はここにいる人の半数以上はいなくなりますから。このような話をすると自分が生きている5年10年持てばいいかなと無責任に考える人がいます。又自分は何もしないで神様が何とかしてくれるという幻想を持つ人がいます。そのような考えは持たないでください。

ここ迄が世界の流れ、日本の現実、教会の現実と未来、本庄キリスト教会の現状と未来について見て生きましたが、私達はキリスト者としてどのように歩んでいけばよいのでしょうか。そこで今日のテーマ「信仰生活の原点を確認しよう」という事になります。今迄の自分たちの信仰の在り方は果たして聖書が示している教会の姿なのであろうか。キリスト者としての自分の生き方は、果たして聖書的かという事をもう一度確認して、間違っていたら方向転換していきたいと考えます。

マルコ12:28~34 時間の関係でポイントのみです。
ここはイエスが十字架刑似つく前の最後の一週間の中で起きた出来事です。
28:真面目な律法学者がイエスに質問します。全ての命令の中でどれが一番大切ですか。命令とはモーセ律法で、613あると言われています。してはならないという禁止命令が365です。しなさいと言う積極的命令は248です。合計613です。この律法学者の質問は613ある命令の中で、どれが一番大切な事ですかと質問しているのが背景です。
29~30:イエスの答え、申命記6:4~5を引用。読む。あなたの全存在をもって神を愛しなさい。具体的には、神が私達に望まれる、神の御心を考えて実践しなさいということです。私達のお心ではなく神の御心を最優先して生きる事です。
31:二つ目はレビ記19:18から引用。隣人愛。自分を大切にするようにあなたの隣人を愛しなさい。大切にしなさいということです。特に弱さを抱えている人、助けを必要とする人、貧しい人、社会的に陽のあたらない人に対して特にそうです。主イエスの生き方がそうでした。常に貧しい人、弱い人、差別されている人、病気を持っている人に対してこの上ない優しい心と思いで接していました。このキリストの心を初代の教会は長い間、教えられて大切に継承していったのです。
以上イエスは神を愛し隣人を愛するという2つを律法学者に教えました。そしてこの生き方こそが聖書全体の中で人に命じている生き方です。そして私たちにも命じている生き方なのであります。
適用
今日のみ言葉をあなたはどのように受け止めますか。あるいはどのように実践しますか。人と比較する必要は在りません、自分がキリスト者として、この世の中でどう神の愛を実践し、隣人愛を実践するかがポイント。人と同じようにする必要はない。自分が主イエスから示された事をする。
今日はここの確認です。
①今の時代は世の終わり前の「生みの苦しみの初め」という現実を踏まえつつも、慌てる事無く、地に足を付けて、淡々とそれぞれに与えられた賜物を用いてキリストからの使命、役割は何かを考え、自分に相応しい得意分野を通して地域の繁栄を祈る。教会も個人もこれからの事を考えて祈る。
②聖書をバランス良く学び、今までのキリスト教会の流れを大切にしつつ聖書の原則を優先する。
③行動が伴わなければ、言葉だけの信仰になってしまい、何の魅力もないキリスト教会になっていく。大切なのはキリストの愛の実践。困っている人がいたら助ける。悩んでいる人がいたらともに解決の道を捜す。中の上を相手にする教会ではなく、イエスの視点で社会の底辺から上を相手に。
④必要な原動力が聖霊の力です。よく、できないとか、弱い信仰なので聖書には書いてあっても出来ないと嘆く人が何と多い事か。これはやめよう。私達が弱く力がないのは分かっている。当たり前です。助け主、聖霊の働きにより頼んで行く時に100倍の力を受けるのです。

結び:今迄のプロテスタントの個人主義教会の流れを捨てよう。そして神を愛し隣人を愛し、地域の繁栄を祈り貢献する教会に変えられよう。そうしたら限界教会から抜け出していけます。