
収録日:2025年8月24日
聖書箇所:コリント人への手紙第一12章23~31節
説教題:よりすぐれた賜物を熱心に求めよ
おはようございます。8月第4週を迎え、今週も共に礼拝をささげる恵みにあずかり感謝します。世の中は目まぐるしく変わっていきますが、私達はイエスの弟子として、イエスの十字架の死と復活の御業を信じる信仰に立ち、バランスよく御言葉を学び、主イエスの愛の生き方から学び、隣人愛を実践し、再臨を待ち望みつつ、主のみ心にかなう教会形成を願っています。
又、ライブ配信を通して日本国内や海外の皆様も一緒に礼拝をささげて下さり感謝します。
神戸や札幌の友達からも「見ています」との知らせも届き感謝します。説教原稿は教会HPに外国語自動翻訳機能付きでUPされていますので利用ください。
さて、コリント人への手紙第一12章~14章の「御霊の賜物」をテーマに学んでおりますが、何故、ここを学ぶかと申しますと、私達の信仰生活の上で「御霊の賜物」理解は欠かせないからです。しかし、御霊の賜物の内、預言や異言について誤解や偏見があったのが実情です。それはコリント教会が様々な混乱を引き起こしたように、日本の教会でも預言や異言について教会内で混乱が起こったからです。その為、私たちの教団でも避けてきた経緯があります。そうなると聖書から正しく理解されません。あるいは触れても否定的な面が強調され、「聖書が何と言っているか」という視点が偏っていたのが実情です。そこで私は「御霊の賜物」について学び直しているところで、今回3回目になります。
御霊の賜物についてキリスト教会は体にたとえられていること、そして私たちは、それぞれが神から御霊の賜物を受けた存在であり、一人ひとり各器官であることを学びました。ですからキリスト教会は同好会的サークルではなく、キリストから受けた永遠の命でキリストとつながっていると共に、それぞれの兄弟姉妹同士でも各器官として、キリストに在って生きて繋がっている存在です。23節~31節はその続きです。それでは見てまいりましょう。
23:頭が足に向かって「あなたはいらない」ということはできない。それどころか、からだの中で他より弱く見える部分こそ、かえってなくてはならないのです。それどころか、からだの中で見栄えが他より劣っていると思われる部分(例、足の先の裏側)のようなところは、念入りに飾り立て、見栄えの良いものにする。(※例えば足の指にマニュキアを塗ること等)
こうして見苦しい(美しくない部分)は、もっと良い格好になる(より美しくする)のです。
ここから何を学ぶか。自分は目立たないし、賜物も少ない。あまりぱっとしない。だから教会では必要ない存在と思ったら大間違いです。イエス様はそのような人にも目をかけてくださり愛の配慮を示して下さっています。ここが、この世の中の組織(例:会社)と教会の違いです。
24:初めから美しい格好の良い部分は、殊更、飾り立てる必要はありません。
神は、あまり重要でないと思われる部分を尊んで引き立てる事によって、からだ全体の調和が保たれるようにしてくださいました。これがキリスト教会の特徴なので、自分は賜物が少ないからダメとか、大切な役割を任されていないからダメとか、目立つ働きができないからダメなクリスチャンと思う必要はありません。むしろ弱さを持っていてよいのです。これがキリスト教会の特徴です。※一方この世の論理は全く逆で、例えば会社では、方針にふさわしい能力がなければ、認められないし、給料は上がらないし、職場の居心地が悪くなり、最終的にはクビになる可能性もあります。キリスト教会は、会社の組織のような能力中心、賜物中心になってはいけません。
25:こうして、キリストの体なる教会は、分裂がなく、お互い相手を思いやるようになるのです。ここがこの世の組織と違う部分ですね。居心地の良いところがキリスト教会のはずなのです。
26:ここはキリスト教会の最も良い点が示されています。教会の中で一人が苦しんでいれば、共に苦しみ、助け合う。関わったら面倒なことになると思ってはいけないのです。※だから牧師は「それは大変ですね。お祈りしています」という、見せかけの断り文句で終わったらダメ。
一方一人の人が称賛されるようなことがあれば、みんなで共に喜ぶ。このように教会員が礼拝に集い、同じ神を見上げ、お互い、周りの兄弟姉妹について、良い意味で関心を持ち、助け合う心で生きることは大切です。泣く者と共に泣く(自分の悲しみとなる)、喜ぶ者と共に喜ぶ(自分の事のように喜ぶ)人になりたいと願っています。こうしてキリストにある人たちはみな繋がっている兄弟姉妹なのです。
27~31:ここから後半です。教会の中で神は賜物を備えた信徒を起こします。まず教会はキリストの体、一人ひとりはその器官という前提に立ち、教会の群れ全体が神に導かれ成長していけるように、神はそれぞれの賜物を与えてくださった。使徒達(特別に神に遣わされたもの)預言者たち(神のことばを預かって人々に伝える)教師(みことばの解き明かしをする)他に力あるわざ、癒しの賜物、援助、管理、種々の異言を備え教会が成長していくように導きます。
でも皆がここに出てくる格好いい、見栄えのする賜物ばかり持っている人ではありません。ここで(29節)パウロはコリント教会に対し、これら目立つ賜物ばかりに注目するのはどうなのですかと、疑問をもって問いかけているのです。(教会の本質からはずれてしまうから)
そして最後に、あなた方は、より優れた賜物を熱心に求めよと勧めています。別の言い方で「はるかにまさる道」を示そうと述べています。これが13章の神の愛に生きることです。
互いにいたわり合い、親切にし、自己中心ではなく、他者の利益を大切にする生き方こそが、より優れた賜物であり、はるかにまさる道なのです。すなわち神の愛を備えて生きる事。これを求めて生きようではありませんか。愛無しにはどんな賜物も無益であるからです。
私も、より優れた賜物、はるかにまさる道であるキリストの愛を身に着け実践し続ける。
このような信徒でありたいと願っています。その上で、キリストの教会を立てあげていくなら、キリストの愛があふれた信仰者の群れに変えられます。本庄教会はもっともっと喜びに溢れた教会に変えられていきます。
◉教会成長に欠かせない今日のメッセージから次の事を考えてみましょう。
① あなたは今日の聖書箇所を読んで何をどのように感じましたか。
② あなたは今日の聖書箇所を通して神があなたに語り掛けていると思う事は何ですか。
③ 今日の聖書箇所を通してあなたが、今から実行に移せることは何ですか。
④ 今日の聖書箇所と関連した個所や聖句があったら教えてください。
