
聖書箇所:マタイの福音書4章3~11節
説教題:荒野に導かれたイエス
おはようございます。5月第1週の主の日を迎えることができ感謝します。又、ライブ配信参加の兄弟姉妹の皆様、おはようございます。病気療養中の方やフィリピン、ブラジルから参加のあなたもおはようございます。今日もお会いできたことを感謝いたします。礼拝後には2024年度の主の守りを感謝する教会総会がありますので、現住会員の方は出席ください。
さて、前回はイエスがヨハネからバプテスマを受けた記事から共に考えてまいりました。
聖霊が鳩のようにご自分の上に降ってこられたイエスに神から、「これはわたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ」と承認の声がありました。鳩の象徴である純真さ、きよさ、平和、慰めをすべて備えたイエスは神の子であることが公に知らされ、公生涯へと進みます。しかしイエスは公生涯の前に、まず悪魔の試みを受けるため御霊によって荒野に導かれます。どんなことが起こったのでしょうか。
1~2:なぜ悪魔の試みを受けたのか?キリストに罪があったからでしょうか。そうではありません。すべての面で私たち人間と同じようになる必要があり、その結果、すべての試みを受け、人を救うことができることを証明する為にイエスは悪魔の誘惑を受けたのです。
へブル人への手紙2章17節~18節「したがって神に関わる事柄について、あわれみ深い、忠実な大祭司となるために、イエスはすべての点で兄弟たちと同じようにならなければなりませんでした。それで民の罪の宥めがなされたのです。イエスは、自ら試みを受けて苦しまれたからこそ、試みられている者たちを助けることができるのです。」イエスは神であるけれども、人となられました。完全に神であると共に、完全な人間でもある故に仲介者としての働きが可能なのです。最終的に人の罪の為、罪のないお方として、私たちの為に罪とされ十字架上で身代わりの死を成し遂げ復活してくださったのです。この為キリストは悪魔の試みを受けたのです。
御霊に導かれて荒野に上って行かれた。神の御霊が鳩のようにご自分の上に降ってこられるのをご覧になったとマタイ3:16に記録されています。この時以来、御霊はイエスと共におられました。そしてその御霊の導きに従いイエスは荒野に上って行かれました。御霊が荒野に行くことを由とされたからです。悪魔の試みを受けるためには荒野に行く事が必要でした。
荒野はヨルダン川から近いエリコの町近くにあったようです。荒野は何もない場所なので、神の声なき声を聴くには最適な場所です。祈りを通して主との交わりが豊かになります。ただし水もなく食料もない所なので人が住むことができません。ここでイエスは四十日四十夜、断食をしました。私は断食したことがありませんが、断食を初めて数日間は激しい空腹感があるそうです。でも後に空腹感がなくなり耐えられるそうです。ここではイエスが、そのあと空腹を覚えられたとありますが、通常はそこで食べないと死んでしまうそうです。
でもイエスは40日後に空腹を覚えても死ぬことなく、後に悪魔の試み(誘惑)を受けることになります。※ちなみに聖書で40という数字は試練や訓練を表す言葉です。イエス様は極めて厳しい状況の中で死の危険に追い込まれ、悪魔の試みを受けたことになります。
3:試みるものは悪魔の別名です。悪魔は霊的実在者で一人です。元々は神に作られた天使でしたが高ぶりが原因で堕落し神に反逆した存在です(イザヤ14:12~14)悪魔は神への敵対者、サタンと呼ばれ、人を試みるもの、悪いもの、敵対者、悪霊どものかしらであります。
その彼がイエスを誘惑し、「あなたが神の子ならこれらの石がパンになるように命じなさい」「あなたは神の子でしょう。それならば、これらの石がパンになるように命じよ。あなたは神の子なのだからそんな事ぐらい簡単なことでしょう」という訳で、その力を自分の食欲の為に用いなさいと命令(誘惑)したのです。
確かに、イエスにとって石をパンに変えることはごく簡単なことですが、あえてご自身の力をそのような事に用いることはしませんでした。イエスがこの世に来られた目的は人々に真の希望を与える為です。それ故に、盲人の目を開き、悪霊につかれた人を解放し、罪に縛られている人を自由にしたのです。その為に、イエスは自分の力を用いるのであって、自分の必要を満たす(満足させる)ためではありません。
4:イエスは申命記8章3節のみことばを用いて悪魔に答えます。「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによって生きる』と書いてある」。このようにイエスは悪魔の誘惑に対し、聖書のことばによって対抗しています。これが一番の強みですね。
イエスが引用した申命記は、エジプトを脱出したイスラエルの民に対し、モーセが最後に繰り返して語ったことばです。それで申命記といいます。神は荒野を旅していたイスラエルの民に対し、必要な食料を天からパン(マナ)を与えて養いました。これは実に不思議な神の御業です。通常このようなことはありませんでした。しかし、人はパンのみで生きるだけではなく、神の口から出るすべてのことばで生きる霊的な存在でもあるのです。
このように聖書のことばはイエスが用いたように力があります。私たちも主のみことばを頼り、変えられたものとされようではありませんか。この後2回続く悪魔の誘惑に対しイエス様は、聖書のみことばを通して撃退しています。
私たちは皆が人生の荒野の中で生きるものです。でももう一度聖書のことばの力に心を留め、みことばを理解し、みことばに従う者であるなら、あなたの上に聖霊の油は注がれ、あなたは大いに神の祝福を受けるのです。
●今日はここまでですが、皆さん如何でしたか。次の4つの事を考え書いてみましょう。
①今日の聖書箇所を通して神があなたに語り掛けていると思う事は何ですか。
②今日の聖書箇所を読んで何をどのように感じましたか。
③今日の聖書箇所を通してあなたが、今から実行に移せることは何ですか。
④今日の聖書箇所と関連した個所や聖句があったら教えてください。
