12歳のイエス

2024年12月29日

聖書箇所:ルカの福音書2章39節~52節
宣教題:12歳のイエス     

おはようございます。この一年も主から多くの恵みをいただき感謝します。今日は今年最後の礼拝となりましたが、ライブ配信で参加している兄弟姉妹の皆様、病気療養中のあなた、ブラジルやフィリピンから参加しているあなたもおはようございます。あなたと一緒に礼拝をささげることが出来ますことを感謝します。本日の説教原稿は、本庄キリスト教会HPの礼拝メッセージTOP欄に自動翻訳機能付きで掲載されていますので是非ご利用ください。

今迄マタイとルカの福音書からイエス誕生の意味や背景、関係する人々の視点から学んできました。今日は12歳前後のイエス様のお姿を、数少ない貴重な記録から学んでまいりましょう。聖書箇所はルカの福音書2章39節~52節です。ここは2つに分かれます。①39~40:12歳前のイエス ②41~52:12歳のイエス

●39~40:12歳前のイエス
39:ガリラヤの端ナザレ(枝という意味)はイエスが幼少期から30歳まで生活した町です。当時何も良いところがないと言われた地で、周辺の人々から蔑まれていましたが、ヨセフとマリヤにとってはヘロデ大王の息子アルケラオの迫害が及ばない比較的安全であったのでこの町に逃げてきました。

40:イエスはこの町で成長し、知恵に満ち、たくましくなり、神の恵みがその上にあった。神でありながら、人として生まれたイエスは、私たち人間と同じように、年齢と共に、あらゆる面で成長されたのです。
イエスの上に神からの一方的な良いもの(恵み)が注がれていたのです。ナザレ生活の中でヨセフとマリヤ夫妻にイエスの弟や妹たちも生まれています。イエスは苦しい家計を助けながら既に大工見習もしていたかもしれません。こうしてみるとイエスは30歳から突然神の子メシヤとしての自覚が与えられメシヤ宣言したのではないことがわかります。
※私達も神の恵みを自覚しつつ、その中で生きる事が人間の基本的な生き方であります。

●41~52:12歳のイエス
41:さて、とありますからここで改まった文章になります。ヨセフとマリヤは毎年、過ぎ越しの祭りの為にエルサレムへ上っていった。当時ユダヤ人の成人した男性は毎年エルサレムへ行き①過ぎ越しの祭り(種なしパンの祭り)、②7週の祭り(五旬節・ペンテコステ)③仮庵の祭りをお祝いします。(レビ記23章参照)

42:ここにイエス12歳の記述が初めて出てきます。両親と一緒にエルサレムに上り、近所の人達と一緒に、ユダヤ人にとっては最も大切で喜びの過ぎ越しの祭りをお祝いするためです。
ユダヤでは13歳になるとバルミツバーと呼ばれる成人式でお祝いします。その一年前になりますが、イスラエルの民がエジプトでの苦難から救われた事を覚え、お祝いする彼らにとっては一番大切な祭りでした。彼らの信仰的な一年はこの祭りからスタートします。

43~45:祭りが終わってナザレに帰る時のこと。大勢の人がいて、どこに誰がいるか、わからないような状況です。当然両親もナザレに向かっているところです。でもイエス少年だけは、エルサレムに残っていました。多分、人が多すぎて、気が付かなかったのでしょう。そのくらい人、人、人でごった返していました。そんな状況なので気付かないのも無理はありません。

イエスがエルサレムに残っていることを知らない両親は、一日の道のり進んでしまいました。(多分数十km)途中でイエスが、一行(盗賊の難を避ける為の集団行動)の中にいないことを気付いた。捜しまわったが、どうしても見つからないので、エルサレムに引き返した。

46:やっと三日後になってエルサレム神殿でイエスが、教師たち(律法の専門家である律法学者)の真ん中で話を聞いたり、質問したりしているのを両親は発見した。三日間探し回ってやっと見つかる。それだけ多くの人が地中海沿岸の世界中から集まっていた証拠です。イエスが質問していたとありますが、これは後にイエスが良く使った大切な手法です(物事の理解が進む)。

福音書を読むとイエスは多くの質問をしています。例えばルカ6章1節~、イエスの弟子たちが安息日に麦畑を通っていた時、腹が減り、穂を摘み始め、手で揉みながら食べていた時、パリサイ人たちが責めました。「なぜあなた方は安息日にしてはならないことをしているのか」その時イエスは逆質問するのです。ダビデがサウル王に追われ食べ物を口に出来なかった時の事を例に出して、祭司以外、食べてはならないと言われていた備えのパンを食べることを許されたことを引用しています。
人間の基本的な必要を満たす事の方が律法の規定より優先されることを教えたのです(Ⅰサムエル21章)。この個所を読んだことはないのですか、こうしてイエスはパリサイ人に逆質問しています。この様にイエスは公生涯においても質問という手法を有効に使っています。

47~50:パリサイ人、律法学者、聞いていた人達は驚いた(舌を巻く)。両親も驚いた(唖然とした、びっくり仰天した)。両親は何て言ってよいかわからず、イエスを叱ります。心配して探し回っていたのです。

でもイエスの答えがすごいです。「わたしが父の家にいることは当然です。それを御存じなかったのですか」エルサレム神殿、父なる神のそばにいることを御存じなかったのですか。神のそばにいる事。これを私は大切にしています。※ここは私達も学ぶべきところです。神から離れず信頼し続けることが私達の力の源です。でも両親にはその意味がまだ理解できませんでした。逆にイエスはこの時、12歳で、既にご自身がメシヤで有ることを自覚していたことがわかります。

51~52:ナザレに戻ったイエスは両親に仕えられました。大工見習の仕事をして家の手伝いをよくしていたと思われます。弟妹のお世話もよくしたと思います。特に父親が亡くなってからは、家の大黒柱として家族を支えたのです。こうしてイエスは神と人に愛され霊肉共に成長していきます。ついに30歳の時バプテスマのヨハネからバプテスマを受け公生涯が始まります。

●皆さん如何でしたか。今日の聖書箇所を通して4つの事を考え書いてみましょう。
①今日の聖書箇所を通して神があなたに語り掛けていると思う事は何ですか。
②今日の聖書箇所を読んでどのように感じましたか。
③この聖書箇所を通して今日から実行に移せることは何ですか。
④今日の聖書箇所から関連した個所や聖句があったら教えてください。

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