聖霊に満たされるには 

2020年5月24日
参照聖句:Ⅰテサロニケ5:19 エペソ4:30
説教題:聖霊に満たされるには 

おはようございます。一週間のお仕事お疲れ様でした。週の初めに礼拝からスタートできる事を感謝します。私たちの教会では6月1日から公の礼拝、集まり、集会等を再開します。但しコロナ対策を前提とします。いわゆる、密接、密閉、密集をさけます。勿論マスクに手洗い、うがいを徹底するのは常識です。また、しばらくの間、それぞれが間隔を開けて座ることや、近くで祈ったりはしませんし、少し離れてしゃべる、終わればすぐに解散という形になります。そんなことでよろしくお願いします。

またネットを通して共に礼拝を捧げてくださる方が多くいる事は幸いです。本庄教会の皆様はもとより、他教会の方、求道者の皆様が聞いてくださり大きな励ましです。又、ホームページを管理してくださっている浅香兄弟によると本庄キリスト教会ホームページには月に約8000回の検索があるようです。これもまたありがたいことですね。

今日は聖霊についての学びですが、いよいよ大詰めにきました。何回目になりますか?そうです。16回目ですね。前回のテーマは聖霊の満たしとは?でした。思いだしましたか?
満たしとは?一杯にする。十分になる。完成するという意味があります。それを聖霊の満たしに当てはめると、キリスト者の心の内に、妨げがなく聖霊が十分に働かれるような生き方、聖霊の考え方に支配されて生きるという事になります。その結果、聖霊に満たされるならば、聖霊が私達信者の心と人生において働き、成そうとする事を達成してくださいます。またこの様に生きると他のキリスト者と比較してすぐれているとか、劣っているとかは気にしなくなります。何故なら各人の個性や賜物が発揮されていきる事を神は喜ばれるからです。

もう一つ、誤解しないでほしいのですが、聖霊に満たされて生きる事はロボットの様に何の感情もなく動くということではありません。それぞれの全人格、即ち知性、感情、意志を最高に生かしながらあなたらしく生きるのが聖霊の満たしです。

さて、今日は聖霊に満たされるには?です。別の言葉でいうと聖霊に満たされる条件についてです。棚から、ボタ餅式に口を開けていれば誰でも聖霊に満たされるという事は有りませんので。
では聖霊に満たされるにはどうしたらよいのでしょうか。その条件は何か考えてみましょう。
Ⅰテサロニケ5:19、エペソ4:30、ガラテヤ5:16にヒントがあります。時間の関係で今日はⅠテサロニケ5:19に絞って話します。この手紙はパウロがテサロニケの町に住む教会に宛てたものです。前の節には有名な喜び、祈り、感謝の次に「御霊を消してはなりません」という勧めが出てきます。ここで御霊は燃える火にたとえられています。力強さや勢いがあるのですね。

ここで燃えるのを消すとは逆の意味で、聖霊の活発な働き、勢いを消してしまう事になります。別の言い方をすると、抑える、抑制する。制御する。コントロールして抑え込むことで、私たちが日々の信仰生活の中で御霊の働きを抑え込み、御霊が十分に働かないようにしてしまうことです。そうすると御霊が願うような歩みは嫌になります。神に反抗する生き方ですね。使徒パウロ派そんなことを辞めて御霊を消さないで歩みなさいと勧めています。
具体的にはどんな生き方か?考えてみましょうか。例えば。
①自分の思いや考えを押しとおす生き方はやめる。イエスの場合、十字架を前にしてゲッセマネの祈りで「私の願いではなく、あなたのみこころの通りにしてください」これが模範ですが、私たちのパターンは往々にしての逆を行くのが多いですね。自分の思いを御心と思い込む。これが御霊を消しているということです。これをストップする。

②二人の主人に仕えない。マタイ6:24 これもイエスが山上の垂訓の中で語られた言葉です。二人の主人とは神にも冨にも仕えること。神を愛し、冨を愛することは出来ません。両方最優先することは出来ないのです。しかし私達が神を愛する方を選ぶ、神第一にすると、結果的に、この世で必要なものはきちんとついてくるのです。必要な物は必要な時に必要な分だけ備えられるのです。ですから二人の主人に仕えるのではなく、神に仕える事を優先する決断をする。そうすると聖霊に満たされる条件が整います。

③主に明け渡す生き方をする。聖書はこの生き方を勧めています。
○ローマ6:13 神にささげなさい。私たちの存在そのものを一度限りきっぱり、捧げると態度を明確に決心する。
○ローマ12:1~2節 自分自身の生き方をきっぱりと決断して主に捧げる。
捧げるとは、明け渡す、お任せするということです。そもそも、この世のものは全て主なる神が創造され支配しているものです。命も完全に自分でコントロールする事はありません。主に命を与えられて生かされている存在です。命を与え生かしてくださる方の御心に沿って生きる決心する。

そのような生き方こそ最も理に適っている生き方であり、礼拝者の姿です。これが献身であり、全てのキリスト者に神が求めています。献身は世の中のすべてを捨て世捨て人の様に生きるという意味ではなく、神の御心を第一として主に従い続ける生き方です。こうすると結果的には心が楽になり、色々なものから解放され賜物が伸ばされていくのです。

2:そのためにこの世の中をしっかり見つつこの世と調子を合わせる必要は有りません。むしろ、日々主の御心は何かを求めつつ心新しくされることで、自分を主に変えていただくのです。こうなればさらに主の御心は何か?神に喜ばれる、成熟した生き方に変わってくるのです。

そして今も私たちの内に住んでいる御霊、聖霊様は抑制されることなく自由に働いて私たちの
生き方を変革し続けて下さるのです。それ故御霊の火を消す事をしないようにしましょう。

ここ迄来ると聖霊に満たされる事が私達キリスト者の生き方を変えていく上でいかに重要か、お分かりになったと思いますがいかがでしょうか?
○最後に聖霊に満たされた生き方の具体例 イエスの模範 ピリピ2:3~5
人として来られたイエスが常に聖霊の力に励まされつつ、父なる神の御心を最優先して歩まれた。この生き方を私たちの生き方とさせていただこうではありませんか。
結び
コロナの中にあっても、人生の主権を主に明け渡し、聖霊の声なき声に聴きながら、今週も一歩前に向かって歩んでまいりましょう。それこそ最もあなたに相応しい生き方です。
御霊の火を消し続ける事無く、御霊の火を抑え込んで抑制する事無く、いつも燃え続けていけるように条件、御霊の火を消すことなく、今週も聖霊に満たされつつ、主イエスを見上げて歩んでまいりましょう。お祈りしましょう。

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