コリント人への手紙第一(61)

収録日:2025年9月21日

聖書箇所:コリント人への手紙第一14章13~22節

説教題:霊と知性で祈り、賛美しよう

内容

会場の皆様、ライブ配信をご覧の皆様おはようございます。9月第3週を迎えましたがお元気でしたか。ライブ配信は毎回大勢の方がご覧くださり感謝です。今日の説教原稿も本庄キリスト教会のホームページに掲載されていますので目を通してください。

個人的なことですが、先週はとても多くの仕事がありました。通常の仕事の他、月曜日に大量の食品(フードバンク)が届き、木曜日迄整理に追われました。午後には私たちがお世話している方が特別養護老人ホームへ入居が決まり施設の方との話し合いの時を持ち、金曜日はアドナイ・イルエ青い鳥さんの引っ越し、午後はケアハウスの引っ越しと整理がありました。
その他、家の売買契約の手続きや今度設立するNPO法人(フードバンク)の定款作成の打ち合わせを市役所市民活動推進課とメールや電話で打ち合わせ、土曜日は説教原稿作成と食品整理。そんなわけで今までで一番中身の濃い一日でした。

さて今日は「御霊の賜物」シリーズ7回目ですが、私たちの願いは、主イエスが私の罪の為に十字架に掛かって死んで、墓に葬られ、三日目に栄光の体で復活し、今も生きておられる。この福音を多くの方に伝え、信じて救われる人が多く起こされることです。
救い(罪の赦しと永遠の命を受ける)を受けたら、御霊の賜物(カリスマ)を生かし、隣人を愛し、主イエス・キリストを証しするのが私たちの使命です。

何故なら、今世界は完成(終末時代)に向かっています。人の愛が冷え、罪がはびこり、全世界的に悪い方向へ向かっています。やがてキリストは空中迄来られキリスト者を携挙し、その後世界の裁き主として地球に戻ります(再臨)。戦争を終結させ千年間世界を平和に治めます。
私たちは今こそ聖書的世界観をもって、御霊の賜物(カリスマ)に目覚め、求め、愛がある生活を送り、キリストを証していこう。その為にも「御霊の賜物」を熱心に求めることが必要です。

12:前回は御霊の賜物の中で、預言と異言の違いについて考えました。どちらも神から与えられる素晴らしい賜物で、異言は神への祈りと賛美で個人の徳を高めます。預言は神から受けた言葉を人にわかる言葉で語り、教会(キリスト信仰者の群れ)の徳を高めます。このようにそれぞれ用いられ方が違うという事でした。
使徒パウロは御霊の賜物(カリスマ)が与えられるよう「熱心に求めよ」と勧めています。
現代においてある人々は異言や預言の賜物は求めなくてもよいと教えます。(特に異言について)でもそれは間違っています。パウロは異言を含めた御霊の賜物を熱心に求めよと言っているのですから、私たちも大いに求めましょう。逆に自分を誇り、自分の欲を満たす為に御霊の賜物を求めることも間違いです。あくまでも、個人の徳が高められると共に、教会が成長させていただく為に求める。そして主イエスのみに栄光をお返しするのです。

13:パウロはここから礼拝における異言の正しい用いられ方について述べています。
なぜ彼はここで、コリント教会の信徒に丁寧に示しているのか?それは礼拝において異言の乱用があり、礼拝が混乱してしまったのが原因と思われます。その為に今までの事を踏まえて、そういうわけで、礼拝の時、異言で語る(祈る)人は、自分でその異言の解き明かしができるように祈りなさい。(高度な要求)
因みに異言は2種類あることをお伝えします。①使徒の働き2章1節~12節(233頁)五旬節の時使徒達は聖霊に満たされ、御霊が語らせるまま、他国の色々なことばで福音を語り始めた。本人も全く学習していないのに他国の言語が出てくる②コリント教会での異言(意味不明の言葉)で神への賛美と祈り(呻き)です。言葉にならないときに出てくる意味不明のことばです。例として使徒の働き10章46節(255頁)、旧約はサムエル記第一1章9節~16節(478頁)ハンナの祈りがあります。ことばにならない主への呻きです。子どもが与えられることを求めて彼女は祈りました。13節~15節が異言の祈りと思われます。

14:そういう訳で礼拝において語る場合は解き明かしができるように祈りなさい。その理由は次に書かれている通りです。異言で祈ることは霊で祈ること。異言で祈る本人も意味が分からないのだから、周りの人も意味が分かりません。よって知性の実は結ばないことになります。

15:では実が結ばれるためにどうすればよいか。霊で祈り、知性でも祈る。霊で賛美し知性でも賛美する。自分たちが理解できる言葉によって祈り、賛美するなら周りの人の徳が高められる。これは個人生活では異言を求め、教会生活では預言を求めよという事につながります。

16~17:そうでないと、霊において賛美しても(異言で賛美しても)初心者が礼拝に来て席に着いたとき、あなたが異言で語ることに対してどうしてアーメン(その通りです)と言えるだろうか。祈りの意味が分からないのだから他の人の信仰が育たたないとパウロは指摘しています。

18~19:異言と預言に関するパウロ自身の確信を述べて締めくくっています。
使徒パウロは個人の生活では誰よりも多く異言で祈っています。呻きをもって祈り、主を賛美しています。そのことを神に感謝しています。なぜなら異言で祈ることによって、より信仰の確信と恵みが満ち溢れ、個人の信仰の徳が高められるからです。

しかし彼は、教会の礼拝では異言で一万語のことばを語るよりは、むしろ他の人を教えるために私の知性で5つのことばをもって語りたい。異言は神への呻きが祈りと賛美となっているものですが、本人も意味が分からないから、当然他の人もわからない。そうであるなら、わかりやすい私の知性のことば5つをもって他の人を教えたい(教会の徳を高めたい)。
すなわち預言のことばを大切にしたいという事です。このように異言と預言の賜物(カリスマ)は主から来る賜物ですが、正しく用いるなら、それぞれ大いに成果が出てきます。

是非、私たちも異言の賜物が与えられ個人の徳が高められ、一方、預言によって教会の徳が高められるような方向に導かれたいと思います。
本庄教会は今大きな転換期に入っています。変化を恐れず、御霊の賜物を求め、聖書が何と言っているかを読みとり、みことばのみに従っていこうではありませんか。

◉教会成長に欠かせない今日のメッセージから次の事を考えてみましょう。
① あなたは今日の聖書箇所を読んで何をどのように感じましたか。
② あなたは今日の聖書箇所を通して神があなたに語り掛けていると思う事は何ですか。
③ 今日の聖書箇所を通してあなたが、今から実行に移せることは何ですか。
④ 今日の聖書箇所と関連した個所や聖句があったら教えてください。

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