コリント人への手紙第一(58)

収録日:2025年8月31日

聖書箇所:コリント人への手紙第一13章1~7節

説教題:はるかにまさる道とは

内容

おはようございます。8月最後の週の初めの日を迎え、キリストの再臨がまた一週間近くなり感謝します。私達は主イエス・キリストの弟子として、主の十字架の死と復活の御業を信じる信仰に立ち、変わることのない、生ける神のことばである聖書を通して、主イエスの生き方から学び、隣人愛に生き、主のみ心にかなうキリスト者として、一歩でも二歩でもキリストに似たものとして歩んでいければ幸いであります。その為にも神の愛を追及してまいりましょう。
又、ライブ配信をご覧の皆様お元気ですか。日本国内や海外の皆様と共に一緒に礼拝をささげる恵みを感謝します。時々「見ていますよ」と声かけもいただき、有難いことです。

さて、今、私たちはコリント人への手紙第一12章~14章を通して「御霊の賜物」をテーマに学んでおりますが、今日は4回目です。12章31節の、はるかにまさる道を示しましょうという言葉から始まり、13章1節の「神の愛に生きる生き方」につながっています。

日本語の愛という言葉は、意味が曖昧なので、愛の意味を考えましょう。
聖書の愛ということば(ギリシャ語)は、厳密に意味が分かれます。①まず男女間の恋愛(エロス)とは違います。②友達との深い友情(例:ダビデとヨナタン)、家族の愛、親子の愛(フィリヤ)とも少し違います。この2つはどちらかというと条件付きの愛が多いですね。

13章4節~7節に出てくる愛(アガペー)は③神が人を愛する愛、一方的に相手を大切にする愛、隣人愛、見返りを求めない愛、無条件で愛する愛。これが神の愛であり、キリストの愛です。この愛を熱心に求め、人との関りなさいと使徒パウロはコリント教会の兄弟姉妹たちに強く勧めました。ということは私たちに対する勧めでもあります。

因みにこの愛を完全に実践できる人間は一人もいません。主イエス・キリストだけがこの愛を実践をできるお方です。いや実践してこの地上の生涯を生き抜いたお方であります。
でも聖書は私たちに、この愛を求めて、生きよと言っているのですから(より優れた賜物として熱心に求めよ)私たちが生かされている間中、この愛を求め続けていく必要があります。こうして愛を身に着けながら御霊の賜物を熱心に求め、実践するのがキリスト者の生き方です。

では1節からお読みしましょう。どんなに優れた賜物を受けても愛がなければ意味がないことをパウロは自身を例に出して述べています。
1:私が人の異言や、み使いの異言で話しても愛がなければ・・・。異言とは御霊の賜物の一つで、神への賛美と祈りで、主から来る、個人の徳を高める素晴らしい賜物です。具体的には意味不明の言葉が自然に出てくるものであり、異言を語る本人もその意味は分かりません。

異言の個所については聖書に事例が沢山出てきますが、まず一か所聖書を見ていきましょう。使徒の働き10:44~48(255頁)ローマの軍人である百人隊長コルネリオの部下たち(異邦人)が、ペテロを訪問した時にイエスを信じ、救われました。同時に聖霊のバプテスマを受け(聖霊の賜物が注がれた)、彼らが異言(意味不明のことば)を語り、神を賛美するのを聞いたとあります。このように神を賛美するものとして自然に声に出てくるのが異言です。

また「み使いの異言」についての参考箇所は、Ⅱコリント12:1~4(370頁)。パウロが自分の経験を語っている箇所が参考になります。ここでの経験はパウロがユダヤ人から迫害を受け石打で殺されそうになった事件の事を指していると思われます。第三の天、即ちパラダイスに引き上げられ、言い表すこともできない、人間が語ることを許されていない言葉を聞いた。
ヨハネの黙示録に出てくるような圧倒的な賛美の様子、大勢の御使いが天で主をたたえる賛美の声です。たとえそのことばをパウロが話せたとしても、愛がなければ、騒がしいどらや、うるさいシンバルと同じだと言っているのです。

2:また使徒パウロが、神から御心の啓示である預言の賜物を受け、あらゆる奥義(神から与えられる一方的な良いもの、具体的には神から隠された真理を受ける)と、あらゆる知識に通じていても、また、山を動かすほどの完全な信仰を持っていても、神から来る愛(見返りを求めない)がなければ無に等しいと述べています。

3:同じパターンで、全財産を貧しい人に分け与えても(施しの賜物)、殉教の死を遂げても、
神の愛がなければ何の益もありません。このようにパウロは自分がどんなに優れた賜物を受けていたとしても神の愛(より優れた賜物)がなければ何の役にも立たないと断言しています。

4~7:ここから「神の愛の定義」が示されています。愛は能力や才能に関係なく、私たち一人ひとりが求めていくべき、愛であり、キリストにあって隣人に対する生き方であります。
①寛容(忍耐深い)
②親切(情け深い)
③妬まない(人と比較して妬みっぽくならない)
④自慢しない。
⑤高慢にならない(高ぶらない、横柄にならない)
⑥礼儀に反しない(失礼なふるまいをしない、筆者:会社を辞める時の苦い経験あり)
⑦自分の利益を求めない(自分の道に固執しない、自己中心でない)
⑧苛立たない(怒りっぽくない)
⑨人のした悪を思わない(悪いことをされても気に留めない。不当な害を受けても意に介さない)⑩不正を喜ばず真理を喜ぶ(誠実に生き、正しいことが認められた時に喜ぶ)
⑪すべてを耐え、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを忍びます。(どんなことが起こっても、いつでも快く隣人の最善を信じ、どんな事情の時にも希望を持ち、あらゆることに耐える)。
どんなことがあっても私達には可能性しかないのです。

以上が愛の定義で、まさしくイエス様の生き方そのものです。イエスは愛を貫きました。私たちも今、聖霊の力によってイエス・キリストを模範にし、神の愛を求め、実践し成長させていただきましょう。これこそが、御霊の賜物を生かす「はるかにまさる道」であります。

◉教会成長に欠かせない今日のメッセージから次の事を考えてみましょう。
① あなたは今日の聖書箇所を読んで何をどのように感じましたか。
② あなたは今日の聖書箇所を通して神があなたに語り掛けていると思う事は何ですか。
③ 今日の聖書箇所を通してあなたが、今から実行に移せることは何ですか。
④ 今日の聖書箇所と関連した個所や聖句があったら教えてください。

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