マタイの福音書(29)⁑2025.5.18

聖書箇所:マタイの福音書4章5~17節
説教題:死の陰の地に光が昇る

会場で参加の皆様おはようございます。5月第3週の主の日を迎えることができ感謝します。又、ライブ配信参加の兄弟姉妹の皆様、おはようございます。病気療養中の方やフィリピン、ブラジルから参加のあなたもおはようございます。今日もお会いできたことを感謝いたします
 
先週はコルネリオ・ぺレス牧師をお迎えして礼拝が捧げられましたが感想はいかがですか。火曜日と水曜日も本庄教会で夕食会や交流がもたれ、癒しの祈りもしてくださり感謝します。時々異言で祈ってくださいました。耳が聞こえるようになったという方もあり感謝です。
テーマは「聖霊との交わり」でしたが、神はあなたに何を語りかけましたか。又メッセージを通して、あなたはこれからどのように生きますか。又どんな感想を持ちましたか。
私は「個人の徳を高める異言」について、考える機会ができたことは大きな収穫でした。私たち福音派の教会は異言で祈ることをしていませんが、大切なテーマなので、今後使徒の働きや第一、第二コリント人への手紙を丁寧に学び、パウロのように生涯にわたり学びと実践の繰り返しながら人間的、信仰的に成長させていただきたいと願います。ゴールは愛の人となることです。

さて、本題に入りますが、前回の流れを確認します。イエスはなぜ悪魔の試みを受けたのか?キリストに罪があったからか。答えはノーです。イエスはすべての面で私たち人間と同じようになる必要があり、その結果としてすべての試みを受け、人を救うことができることを証明する為に悪魔の誘惑を受けたのです。

へブル人2:17~18には「したがって神に関わる事柄について、あわれみ深い、忠実な大祭司となるために、イエスはすべての点で兄弟たちと同じようにならなければなりませんでした。それで民の罪の宥めがなされたのです。イエスは、自ら試みを受けて苦しまれたからこそ、試みられている者たちを助けることができるのです。」とあります。
実にこのためにイエスは神であると共に、人となられました。完全に神であると共に、完全な人間であったのです。それ故、人と神との仲介者としての働きが可能なのです。

次に悪魔ですが、これは単なる悪い霊ではなく霊的実在者です。元々は神に造られた天使でしたが高ぶりが原因で堕落し、神に反逆する存在となりました。(イザヤ14:12~14)悪魔はアダムが罪を犯して以降ずっとこの世界を支配しています。
試みるものとも呼ばれ、神への敵対者(サタン)、中傷するもの、悪霊どものかしらです。しかし悪魔は最終的にはキリストの地上再臨の時に捕らえられ、底知れぬ所に投げこまれ、千年の間縛られ、千年王国が終わった後、解き放たれます。そして再び、エルサレムを包囲させ、神に反逆しますが、最終的には火と硫黄の池に投げ込まれます。反キリスト、偽預言者と共に、昼も夜も世々限りなく苦しみを受けます。これが悪魔の末路なので、むやみに恐れる必要はありません。

5~7:悪魔の性質はしつこいです。続いてイエスを神殿に連れていき、神殿の高い所に立たせて挑発します。「下に飛び降りろ。み使い達に命じて、あなたの足を支えると書いてあるからやってみろ」と誘います。悪魔は詩篇91:11~12を引用して誘惑します。でもこの文脈は信仰生活の中で「神はみ使いを通してあなたの生き方を守ってくださる」という意味なのに悪魔は、あなたが神の子であることの証明としてここから降りても大丈夫だからやれと命じるのです。
これが悪魔の手法です。文脈無視、前後関係無視の聖書の用い方です。

実は偽キリスト教異端団体もこのやり方です。聖書は使いますが、自分たちの都合に合わせて読み込んでいます。そして聖書と全くかけ離れた自分たちの教理を作っていきます。偽預言者ですね。私達が聖書を読む時は文脈と聖書全体のメッセージを大切にして意識しながら読むこと。そして著者の意図を読み取る訓練が必要です。そうしないと悪魔に騙されます。

この時、イエスは申命記6:16を引用して「あなたの神である主を試みてはならない」と反論します。神を試みるとは神の約束が実行されるため、聖書に書いてあるからと言って、わざと蛇をつかみ、毒を飲んだりするような危険を冒すことが神を試みることになります。

8~11:ここでも悪魔はしつこいです。巧妙に人をだまします。嘘つきです。イスカリオテのユダもそうでした。弟子たちの中で会計係をしながらずっと金を盗み、わずかな金に目がくらみイエスを売り渡してしまったのです。

悪魔はイエスを高い山に連れていき、この世の王国とその栄華を見せ「ひれ伏して私を拝むなら、これを全てあなたにあげよう」というのです。これも嘘です。この世界はすべてイエス様が父なる神と聖霊なる神と共に6日間で創った神の所有物であります。それなのにぬけぬけと、条件を付け「私を拝め」と迫ったのです。イエスは即座に申命記6:13を用いて「下がれ、サタン」と一喝したのです。私たちが仕えるお方は主なる神のみであることを肝に命じましょう。

12~16:イエスはバプテスマのヨハネが捕らえられたことを聞くとガリラヤに退き、ガリラヤ湖のほとりのカペナウム(慰めの村)に移って住まわれた。中心地エルサレムではなく北部の辺境の地です。12部族の中のゼブルン部族とナフタリ部族が治めた地域に移られたのです。これによってイザヤ9:1~2の預言が成就しました。

実はこの地域はイエスが生まれる700年前アッシリヤによって滅ぼされ、異国の人々が連れてこられイスラエルの民と結婚しました。故にこの土地はイスラエル人以外の人々(異邦人)が住む地域になり、イスラエルの純潔が失われ、エルサレムの人々からさげすまれるようになりました。それ故、この地は異邦人のガリラヤと呼ばれるようになりました。でもこの地にメシヤであるイエスが移り住んだゆえに、闇の中にあった民は大きな光なるキリストを知るようになったのです。死の陰の地に住んでいる者達の上に光なるキリストが現れたのです。ここに真の希望があります。

18:この時からイエスはカペナウム(慰めの村)で宣教を開始した。悔い改めよ(神に立ち返れ、あなたの人生の向きを変えて生きよ)何回でもそうしなさい。天の御国が近づいた(既に来ているから)
●今日はここまでですが、皆さん如何でしたか。次の4つの事を考え書いてみましょう。
①今日の聖書箇所を通して神があなたに語り掛けていると思う事は何ですか。
②今日の聖書箇所を読んで何をどのように感じましたか。
③今日の聖書箇所を通してあなたが、今から実行に移せることは何ですか。
④今日の聖書箇所と関連した個所や聖句があったら教えてください。

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