
2024年10月27日
聖書箇所:マタイ1章1~9節
説教題:人マタイの福音書に親しもう
おはようございます。10月最後の週を迎え、兄弟姉妹と共に主に礼拝をお捧げして一週間過ごせることを感謝します。またライブ配信で参加している全国の兄弟姉妹の皆様、病気療養中のあなた、フィリピンから参加しているあなたもおはようございます。あなたの参加をとても嬉しく思います。それでは聖書から共に考えてまいりましょう。今日は2つの事です。最初はマタイ1章から、2つ目はⅠコリント14章から礼拝の在り方について考えます。
まず、今迄4週にわたり、共に考えてきたことは、マタイの福音書24章1節~31節迄でした。イエスが十字架の死を前にして弟子たちの質問に答えた終末預言についてです。イエス時代から私達が生きている時代と、その後の預言です。思い出しましたか?まずはいつの時代にも偽キリストが大勢現れ、多くの人を惑わすこと。戦争や戦争のうわさが多くある。でもうろたえないように。続いて終わり(完成)の時代が来ること、終わりの時代は今から100年以上前に既に来ています。その根拠は世界戦争と飢饉と地震が多発する事です。
そして世界は完成に向かって動き出し、7年の大患難時代に入ります。スタートは反キリストがイスラエルや世界中の国々をだまして、見せかけの平和条約を結びます。この時、救いを受けた世界中の14万4千人のユダヤ人が迫害の中にあっても、世界宣教を進め、福音はすべての民族に宣べ伝えられます。中間期の3年半たった時点で、反キリストは自分を神と宣言し「私を拝め」と強要します。こうして世界中が、かつてないような苦難の時代に入っていきます。しかし7年の終盤に差し掛かった頃、反キリストとその軍勢はイスラエルのハルマゲドンに集結し、イスラエルを攻撃しますが、キリストの地上再臨により瞬く間に滅ぼされる。
ここまでがマタイ24:31迄です。主イエスは人類の未来をはっきりと語り警告しています。現代は終わりの時代として生みの苦しみの中にあります。これからの時代の流れは、キリストの空中再臨、キリスト者が携挙される、反キリストの出現、7年の大患難時代、ハルマゲドンの戦い、キリストの地上再臨、千年王国、新天新地。この世界の流れを理解し、自分はどう生きるべきかを明確にする事が求められています。ここ迄が4回の話でした。
・それでは本題に入り、マタイ福音書1章から始めます。マタイは主イエスの12弟子の一人で、彼との出会いはマタイ9:9です。収税所(通行税を集めるところ)でイエスに声をかけられ弟子になります。本名はレビ。彼はイエスから招きを受け劇的な体験をしたことからマタイ(神の賜物)という名前を意識的に使ったようです。それもそのはず、彼は取税人で金持ちでしたが、社会的には非常に低い立場にあり民衆からは罪びと同様に蔑まれていたのです。
でも彼はイエスから弟子に任命され人生が変えられたのです。やがてイエスの復活後20年近くして紀元50年頃には今私達が読んでいるマタイの福音書を書き上げたのです。彼はイエスの生涯を書くにあたり、読者をユダヤ人対象としました。それ故、マタイ24章を読む時、ユダヤ的背景を丁寧に調べながら読むとマタイが言わんとする意味が理解できるようになってきます。
又、他の例で例えば神の御国は近づいたと言わず、天の御国という言葉を使っています。
ユダヤ人は神の名をみだりに使う事をしないで、天という言葉に置き換えました(マタイ4:17参照)故に天の御国は近づいたとなります。またユダヤ人が良く理解できるように旧約聖書からの多く引用しています。何よりもイエスこそ旧約聖書に約束されたメシヤであることを証明するために書いているのがこのマタイの福音書です。だから彼は1章1節でイエスの系図から書き出しています。次にアブラハムの子、ダビデの子という書き方です。原文ではダビデの子から始まります。即ちメシヤはダビデの子孫から生まれると明記されています。第二サムエル7:12~13(旧約551頁)これがダビデ契約。こういう書き方はユダヤ人を意識した証拠です。
次に注目したい事、皆さんユダヤ教では聖書の最後は何書だと思われますか?マラキ書ではありません。第二歴代誌です。第一歴代誌はイスラエル歴史がアダムから始まり、第二歴代誌の最後はエルサレム滅亡、バビロン捕囚、70年後ペルシャのキュロス王によって解放されて、やがて新しい国造りが始まる。ここで歴代誌は終わるのです。マタイは歴代誌を意識してイエスの系図を書き出していると推測します。こうしてユダヤ人が誤解や偏見なくマタイの福音書を読むなら、すんなりイエスこそメシヤだと分かり彼らは受け入れるそうです。
もう一つはこの系図に4人の異邦人女性が出てくることです。タマル、ラハブ、ルツ、ウリヤの妻。普通女性が系図に出る事はあり得ない。では何故か?①メシヤによる救いの御手は異邦人にも広げられる事の印②創世記3:15(旧約5頁)に関連すると思われます。実はここが聖書に初めて出てくるメシヤ預言の個所です。メシヤは人間の父と母の間に生まれるが、罪の性質を受け継ぐ子ではなく(聖霊によって)神から生まれる子が女を通して誕生する。以上です。
後半の2つ目は話が、がらりと変わります。先週から週報の裏に「書き出してみよう」の欄に気づいた事を書き出してみた方、どなたか発表してくれますか。何故皆さんにそんな事をお願いするかと言いますと?皆さんは一方的に聞く側、受ける側ではなく、それぞれが共に考え、共に学ぶことを共有したいと思うからです。例えば書き留める内容は4つです。
●今日の聖書箇所を通して神があなたに語りかけていると思う事は何ですか。
●今日の聖書箇所を読んであなたは何をどのように感じましたか。
●今日から自分の生活の中で実行に移せることは何ですか。
●他の聖書箇所で関連した聖句や出来事を何か思い出しましたか。
今までのように牧師がメッセージして一方通行で終わなら、ほとんど話の内容は頭と心の中に残りません。実はそういう礼拝スタイルは新約聖書が示している礼拝ではありません。お互いが双方向で考え、語り合い、教え合う。あるいは賛美し、証しする。秩序をもってするのが本来の礼拝スタイルなのです。木曜日の聖書を読む会のスタイルは新約聖書が示す礼拝の在り方に近いです。今なぜ私がこれに取り組むかと申しますと、聖書が示している事をまじめに受け止め、間違っているところは直していかないと、我々クリスチャンは信仰生活40年・50年でも成長しないと考えるからです。Ⅰコリント14:26~40(新約348頁)をお開きください。
ルターの宗教改革から、現代に至るまで私達は、聖書を読んでいても疑問も持たず、この一方通行の礼拝形式を500年続けてきたので一気に変えることが難しいです。でも聖書が示す礼拝の在り方を理解したら、変化を恐れず少しずつ変えていくと本物の礼拝になります。聖書の真理を知ったらそのような方向に少しでも変えていかないと私は窒息死してしまいます。是非聖書が何と言っているかとの視点に立ちマタイの福音書に親しみ、生き方を変えていきましょう。
