
聖書箇所:ゼカリヤ書11章7~17節
説教題:拒絶されたメシヤ(救い主)②
おはようございます。今日も共に礼拝をお捧げ出来る恵みにあずかり感謝します。またライブ配信で礼拝に参加している兄弟姉妹、病気療養中のあなたもおはようございます。お元気ですか。あなたが共に礼拝に参加している事は私達にとって大きな喜びです。先週は40人の方が参加してくださり感謝でした。また一週間主イエス・キリストの再臨の日が近づいている事も感謝です。
いよいよゼカリヤ書は11章後半まで来ました。次回から12章~14章へと続く全世界の終末時に起こるキリストの再臨預言となります。今日の11章7節からは前段階としてキリストを拒否した人々の結果どうなるかの預言です。続いて終末にも重なる預言の箇所でもあります。
●7~14までは神がゼカリヤに牧者の役を演じさせています。特に真のメシヤ(イエス・キリスト)を拒絶(否定)した結果の姿を演じさせているのです。その事を二つの杖を折るという象徴的表現で預言しているのです。そのような前提で読むとこの個所の理解が深まると思います。それでは進めていきましょう。
7:私(ゼカリヤ)は、羊の証人たち(神を敬う残されたユダヤ人)の為に、屠られた羊の群れ(滅ぼされるユダヤ人)を飼った。私は二本の杖をとり、一本を「慈愛」別の言い方では、恵み、好意、麗しさという意味があります。神との恵の契約とみることが出来ます。そして、もう一本は「結合」と名付けた。こうして群れを飼った(神の恵みの中にあったユダヤ人)
8:メシヤに対し拒絶するグループがいます。三人の牧者。この牧者は退けられているので悪い牧者と言う意味です。この三人は王、偽預言者、祭司が考えられます。メシヤを拒絶する立場の人々で、イエスの生涯を見ていくならば明らかです。結果として民を滅びに導きました。
この人々はメシヤ(キリスト)を嫌い、メシヤも彼らの悪に対し我慢できなくなった。イエスはある時に律法学者やパリサイ人に対し、「蛇よ、まむしの子孫よ」と述べています。(マタイ23:33新約49頁)また彼らの存在を13節~わざわいだと7回述べています。更に36節では報いは全てお前たちの上に降りかかる。これはエルサレム崩壊を語っているのです。
9:メシヤを否定した人々はその後どうなったか。ここに書いてある通りエルサレムは紀元70年に神の刑罰として滅びました。ローマ軍に包囲され9節の通りになりました。包囲された時互いに殺し合い、食べ物がない人は子どもの肉を食べたと言われています。(第一次ユダヤ戦争)
10:慈愛の杖がおられた、キリストを否定した人々の結果を象徴しています。即ち契約、神との恵の契約が破棄、断ち切られ、エルサレム神殿が破壊される事を意味する。
11:これは不信仰なエルサレムの人々に対して実現した(屠られる羊の群れ)。でも神を敬うユダヤ人は主のことばであったことを知った。実にローマによってエルサレムが包囲された時、敬虔な信仰者はエルサレムを脱出し、行動したのです。ヨルダン川より東の山に逃げて助かったのです。イエスの言葉を思い出した人々の事です。ルカ21:20~21(新約163頁)
12~13:銀30シェケルは奴隷一人分の安い価値です。ここも預言が成就しています。イスカリオテのユダが銀30枚でイエスを売り、祭司長たちに引き渡したことは有名な話です。
しかし彼は後に後悔し指導者たちに金を返しました。祭司長たちはその金を神殿に戻すことはできないと言う事になり陶器師の畑を買いました。マタイ26:14~15(新約56頁)マタイ27:1~6(60頁)をお開きください。ここまでゼカリヤは預言しているのです。
14:結合という一本の杖がおられた。結合とは一つという意味です。でもそれが折られた事により分裂したと言う話の展開になります。イエスを拒否して追い込んだ結果、やがてイスラエルは分裂しました。ローマによって滅ぼされユダヤ人は世界に散っていったのです。又熱心党もこれ以降、より先鋭化して分裂・分派を繰り返したと言われています。
●15~17:大きなくくりの二番目です。もう一つ、主がゼカリヤに示された事は愚かな牧者の道具をとれ。イエス時代の愚かな牧者たちの行動の結果、エルサレムは破壊されました。でもここの愚かな牧者は約100年後に登場するバル・コクバという人物がこれに該当します。彼はメシヤ(救い主)であると有名な律法学者のラビ、アキバによって宣言され、それを信じた人々は星の子バル・コクバこそメシヤと信じてついて行ったのです。
AD135年、ローマに反抗して第二次ユダヤ戦争を引き起こしたのです。やがてローマに敗れ、バル・コクバは捕らえられて処刑されてしまいました。こうしてユダヤ人は地中海沿岸地方に追放され離散の民(ディアスポラ)となっていくのです。これが愚かな牧者に従っていった結果の実例であります。特徴が16~17節に書いてありますので読みます。
やがて愚かな牧者は、終末期に、もう一度現れてユダヤ人を混乱に陥れます。反キリストです。これが15節以降の2つ目の山の時に起こる預言でもあります。そしてこの時両方ともエルサレムの多くの人々は殺されます。
しかし、イスラエル人に対する神の契約に変更はありません。神の一方的な恵み、愛は彼らに注がれ続けています。終末の大患難時代に彼らはとことん追い込まれますが、自分たちが殺したイエスこそメシヤ(救い主)だとわかるときが来るのです。そして彼らに民族的な救いが起こるのです。それがゼカリヤ12章~14章に書かれていますので大いに期待しましょう。
結び
こうして彼らは悪い牧者に従いメシヤを拒絶した結果、滅びの道に向かっていきました。私達も、よい牧者と悪い牧者で全く人生が変わっていってしまいます。私達は良い牧者であるイエスを否定することなく、いつも受け入れ、いつもイエスの考えていることを喜び、最優先する習慣を身に着けよう。私達の大牧者なるイエスは力に満ちていますが、常にへりくだり私達を愛し導いてくださるお方です。イエスに従うならどんな困難な時代が来ても立ち上がることが出来ます。
また同時に聖書全体(預言も含めて)を学びながらこの世の時の「しるし」を正しく読み取り慌てることなく主の前に生き抜くことが今の時代は特に求められています。今週も主の前に誠実に歩んでまいりましょう。
