
聖書箇所:ゼカリヤ書9章1~17節
説教題:初臨と再臨のキリスト預言
おはようございます。今週も共に礼拝をお捧げ出来ることを感謝します。そして主イエス・キリストの再臨が1週間近づいたことも感謝です。
またライブ配信で礼拝に参加している兄弟姉妹や病気療養中のあなたもおはようございます。ネット越しですが主を礼拝できる恵みを感謝します。毎週20人~30人ぐらいの方が共に礼拝をささげていることをとても嬉しく思います。
それではゼカリヤ書9章をお開きください。この個所はエルサレム神殿建設の再建によって新しい時代を迎えようとしているイスラエル民族への励ましと未来の回復預言であります。今日の聖書箇所を通して①聖書の世界観を理解し教えの惑わしを論破し、隣人に世界の完成を正しくお伝えする事が出来ます。②やがて私達も回復された新しい世界に戻り、その一員に加わるのです。
そんな訳で、今日の箇所を自分事として受け止め行ければ幸いです。資料をお持ちの方はご覧ください。今ゼカリヤは上の方の⑥のところにいます。イスラエルの民を励まし神殿再建工事に取り掛かり、あと2年ぐらいで完成です。⑦神殿再建工事が完成し、その後⑧学者エズラがエルサレムに戻り宗教改革を実行し⑨13年後ネヘミヤがエルサレムに戻り城壁再建をしてエルサレムの町全体が回復します。ここまでがBC444年、そして⑩マラキの時代を経て沈黙の400年があり、主イエス・キリスト(初臨のキリスト)誕生へと時間が流れてまいります。
今日はこの資料の第二部、未来に関するメッセージ①9章~11章迄が王なるメシヤ②12章~14章迄が主の日という大きな括りになっています。
本日の聖書箇所は9章ですが初めに宣告とあります。声を上げるという意味で、ゼカリヤが声を大にして叫ばざるを得ないメッセージと言う事です。1~8節迄が紀元前300年代におけるイスラエルを取り巻く国々に対する神の裁きの預言で、具体的にはアレキサンドロス大王が神の裁きの代理人として用いられています。
9章11節~10章1節に再臨のメシヤが御国を設立する事が預言されています。特に今日はポイントを絞り9節:初臨のキリスト(クリスマス・人間として生まれたお方)10節:再臨のキリスト、神のマスタープラン(基本的な神の計画)を考えていきたいと思います。
9:紀元前300年代になるとイスラエルの周辺諸国はアレキサンドロス大王を通して神の裁きを受けています。そんな中、イスラエルにメシヤが到来する希望の預言がこの個所です。但し戦いに勝利する強いメシヤ(救い主)ではなく、へりくだった王、又は僕としてのメシヤ(救い主)の姿が預言されています。
それが初臨のキリストです。又この聖句はイエスのエルサレム入城預言として有名です。娘シオンよ、娘エルサレムよ。エルサレムの住民に対して、大いに喜べ。躍り上がるような喜べ。見よ(注目して)あなたの王があなたのところに来る。しかしイエスは王でありますが強い王ではありません。それゆえ馬に乗ってさっそうと登場していません。平和の王、キリストは神の義をもって治める王であります。彼の勝利は何によって得たか?それは十字架の死と復活の御業です。(人の罪の身代わりとして、十字架にかかり、死んで葬られ、三日目に死人の内より復活した、このイエスの御業を信じる者は救われる)。信仰と恵みのよって神によって義とされる。
イエスは柔和な方(貧しい、哀れな、悩み多い、へりくだった)でした。それがロバに乗ってエルサレム入城したと言う事です。しかも雌ロバの子のロバに乗っての入場したのです。
救い主(メシヤ)であるイエスはゼカリヤ書で預言されているように柔和な王としてエルサレムに入城されました。マタイ21:1~7(新約42頁)をお開きください。実際イエスが預言の通りエルサレム入城した記録であります。ロバは柔和な人(王)に相応しい動物であり乗り物であり、主がお入り用なのです(マタイ21:3)と用いました。
何故ロバの子なのかについて、興味深い解釈がありますので紹介します。この解釈によるとロバには「人を盲目にする」と「目を覚まさせる」という真逆の2つの意味があるそうです。イエスがエルサレム入城の前に、エリコで盲目のバルテマイの目を開かれ、人々の霊的な目が開かれました。同時に更に霊的に盲目にされている人もいました。この現実を象徴しているのが子ロバだというのです。確かにイエスによって多くの人の目が開かれ、同時に多くの人々が霊的に盲目にされたのです。また、これからエルサレムで指導者たちに拒絶され、苦しみを受けますが、これに相応しいのが子ロバであったというのです。一つの参考又は、判断材料になれば感謝です。
10:ここは一気に時代が先に飛びます。私達が山を見ると2つの山が同じように並んで見える時があります。しかし実際は両方の山が先に離れている場合があります。ここは初臨のキリスト即ち、今から2千年前に人として来られたキリスト預言ではなく、私達の後の時代、終末時代に、イスラエルを救い、反キリストを中心とする世界の悪の軍隊を裁く為、天から再臨し(再び臨む・この世界に戻ってきて)世界平和を築く事が預言されています。
私達よりも後の時代に起こることの預言です。わたしは(神は)、エフライム(北王国)エルサレムから、戦車(いくさぐるま)軍馬、弓、即ち戦いの武器が無くし、諸国の民、海から海、地の果てに至るまで、全世界規模の平和な世界がキリストによって実現します。今より先の時代。それがキリストの再臨によって実現するのです。それゆえキリスト者は平和をつくるものであると共に、キリストの再臨によって世界平和の実現を待ち望んでいます。キリストがこの世界に戻ってくる地上再臨は、7年間続く大患難時代最後の時と決まっています。
その様子は黙示録19章11節~21節(新約514頁)に書かれていますのでお開きください。この時、キリストが乗っている動物はロバではありません。馬、しかも正義の白い馬に乗って裁き主として戻ってきます。その時、獣(反キリスト)とその軍勢はキリストに戦いを挑みますが、たちどころに滅ぼされ火の池に投げ込まれます(19)またゼカリヤ14章にもキリストが再臨される様子が詳しく出てまいりますので関心がある方はお読みください。
結び
以上ゼカリヤ9章9節(2千年前に地上に来られたキリスト、これを初臨のキリストという)と10節は世界の完成(終末)、即ち7年の大患難時代最後にイスラエルを救い、反キリストとその軍勢を滅ぼし世界に平和をもたらす為に来られるキリスト(再臨のキリストという)の事が預言されています。天地創造からキリストの初臨、教会時代、キリストの再臨、そして千年王国、新天新地へと続く神のマスタープラン(基本計画)は変わりませんので、私達は皆この神のご計画の中で生かされていることを覚え、神の御心の内を生きる事が最も幸せで、最も実りある人生で有ることを確認し、神の御心を最優先していく事を求めて歩もうではありませんか。
