
聖書箇所:ゼカリヤ書7章1~14節
説教題:未来の回復への約束①
おはようございます。今週も共に礼拝をお捧げ出来ることを感謝します。1週間主イエス・キリストの再臨が近づいたことも感謝です。またライブ配信を通して礼拝に参加している兄弟姉妹や病気療養中のあなたもおはようございます。インターネット配信を通して共に主を礼拝できる恵みを感謝します。毎回20人近い方が私達と共に礼拝をささげていること、とても嬉しく思います。ただ前回はこちらの不手際により、配信が途中で切れてしまって申し訳ございませんでした。今後十分に管理して対応してまいりますので続けてごらんください。
さて本題に入る前にNPO法人ENCHILDスタディツアー(フィリピン、マニラで2日間、ミンダナオ北東部で2日間)の報告をさせていただきます。エンチャイルドは東京にあるNPO法人でフィリピン貧困家庭の子供達に20年間教育支援している団体です。奨学金は主に学用品の購入、食費(昼食)、交通費に使われるそうです。感想を7つ纏めましたのでお聞きください。
①エンチャイルドが20年間、誠実にフィリピンの子供たちの幸せを願って取り組んできた成果が今回のスタディツアーに現れていると思いました。これは直ぐに出来る事ではなく、理事長さん始め皆様さんがいつも彼らに寄り添ってきた事の結果だと思います。(リザール工科大学で式典)
②現地スタッフとの連携がかみ合っていると感じました。普段から良く連絡を取り合い、信頼関係を築きながら歩んだ成果だと思いました。
③エンチャイルドがフィリピン人各層の皆さんから信頼されていることを実感しました。
④子供たちが明るく元気に伸び伸びと目標をもって生きている感じがしました。ただよく見てみると、おとなしく、引っ込み思案な感じの子もいました。いろいろな性格があって当然ですが、
今後彼らが多くの困難を乗り越え、自分の人生を切り開いてほしいと強く思わされました。
⑤奨学生(小学生から大学生まで)たちが一生懸命に人の話を聞く姿が印象的でした。
⑥日本で継続支援している方々が奨学生と再会との喜びが大きい事を、はたで見ていて実感しました。私も将来は奨学生と直接交流、再会できるような支援関係を持ちたいと願っています。
⑦エンチャイルドの寄付金収入(年間500~600万円)はそれほど高額でないのに、経費を最小限に抑え小学生から大学生140人の奨学生を支援している事に敬意を表します。
詳しくはエンチャイルドや本庄キリスト教会のホームページに掲載してありますのでご覧ください。また支援者になる場合は一月千円から出来るそうですので、ぜひどなたか支援者になってくださいますか。是非ご支援ください。
それでは続けてゼカリヤ書7章から学びます。資料をお持ちの方はご覧ください。前半部分は8章で終了、9章から未来のメッセージ、即ち救い主イエスの登場、更にキリストの再臨についての預言、それ故私達と大いに関係ある書物なのでゼカリヤ書を丁寧に学ぶ必要があるのです。
●1~3:ベテルの従者からの問いかけ(資料をご覧ください)
西暦では紀元前518年12月7日。ゼカリヤの励ましにより、2年後には神殿が完成するという時にゼカリヤにあった主のことばです。ベテル(これは人の名前でなくエルサレムの北20キロの町の名前)あのヤコブに現れた地名で神の家という意味です。当時は北イスラエル王国に属しており、当時は偶像礼拝の町でありました。
そこからエルサレムへ従者たちが遣わされ、主の宮に仕える祭司や預言者に質問します。彼らは捕囚の70年、第五の月にも断食していたので、又これからも断食しなければならないのかと質問しているのです。
●4~7:主の叱責の言葉
ここは主が形式的な信仰に対して厳しく叱りつけているところです。
5:70年の間はバビロン捕囚の期間ですが、その間に彼らは断食していたけれども、本当に罪を嘆いて、悔い改めて断食したのかと神が彼らを責めているのです。
※断食について皆さんはどのように考えますか?私が思いつくのが減量するためです。断食して体を軽くしたいというのがまず考えるところです。でも聖書が示す断食の意味は全然違います。※断食の定義=断食に伴う肉体的な苦痛を通して深い罪の自覚と神への恐れをもち、神に近づく者の熱心な祈りと悔い改めを表現している。よって断食は減量が目的ではなく、深い罪の自覚と神に近づき悔い改めと祈りがささげられるべきものが本来の目的です。
6~7:あなた方がしてきた断食は自分たちの為に行っただけではないかという神の叱責。真に神の前に大切な罪の悔い改めと祈りをした訳ではないと、厳しく神に責められているのです。
●では真の断食をした結果はどうなるか。神の前に悔い改めと祈りが出てくる。そして①真実の裁き(社会の正当な秩序を大切にする)②お互いが誠意とあわれみをもって生きる(互いに慈しみ憐れみあう)③やもめ、みなしご、寄留者、貧しいものを虐げない。(キリスト教会が常に弱い人を大切にするのは旧約の律法が基本)④互いに心の中で悪をたくらむことをしない。(人を傷つけようとする復讐心、憎しみを排除する)
●11~12:ところが彼らはその話に耳を傾けず、拒んで聞こうとせず、肩を怒らせ、その耳を鈍くした。彼らの心は金剛石のようだ。当時もっとも固いと言われていた石の事。万軍の主がその御霊によって預言者を送ったが、彼らは神のことばを聞き入れなかった。その為に万軍の主の大きな怒りが下った。
●13~14:彼らの頑なな心ゆえに、彼らは神によって吹き散らされてしまった。しかしそのような彼らを神は彼らをねたむほどに激しく愛しているのです。やがて彼らの回復へとつながっていくのです。
適用と結び
断食について彼らは形式的・表面的な理解でした。それ故神の前に罪の悔い改めと祈りに導かれなかったのです。私達もただ礼拝に参加していればよいわけではありません。主日ごとに主の恵みの中で生かされていることに感謝し、主をたたえ、主に従う事を優先すべきです。自分の心をもう一度点検して、自分の思いばかり通して、主の心は後回しにしていないか、もう一度、主の御心は何かをいつも求めながら神の前にも人の前にも誠実な歩みをさせていただきましょう。
