エペソ人への手紙(15)

収録日:2026年5月10日分

聖書箇所:エペソ人への手紙6章1~9節

説教題:キリストを敬うことが基本です

内容

皆様おはようございます。ライブ配信をご覧の皆様おはようございます。今日5月第二日曜日、母の日おめでとうございます。いつも懸命に生きておられるお母さん方に敬意を表します。本庄教会でも多くのお母さま方が逞しく生きておられることを覚え感謝します。又、大勢の姉妹方が本庄教会を主にあって支えて下さり敬意を表します。

さて、今日はエペソ人への手紙6章から、子どもと両親の関係、奴隷と主人の関係についてです。私達も関係がある興味深いテーマです。まずこの手紙は使徒パウロによってエペソの町にある教会の兄弟姉妹宛に書かれた手紙だというのが前提です。「キリストを恐れ尊び、互いに仕え合う生き方」が基本だという事を忘れてはなりません。

①親子関係への勧め
1:子どもへの勧め、こどもの年齢はいくつであるか明確ではありません。子どもが親に対してどう接するか?ここは両親がキリスト者であるかどうかは関係なく、神の赦しのもと、この世に命を与えてくれた親に対して「キリストにあるもの」として従うことを勧めています。

当時、特に父親の権限が強かった時代、パウロは、ただ盲目的に子は親に従えと言っている訳ではありません。常に親を尊敬し、親を立てる事が前提です。
そして注目すべきは「主にあって」ですね。子どもがキリストのからだなる教会に属する一員として親に従う。私たちはそれぞれが子どもの立場でもありますので、たとえ親は亡くなっていてもこのみことばを実践したいと思います。範囲を広げると人生の先輩に対しても尊敬する。

2:この勧めの根拠はモーセ律法十戒の「あなたの父と母を敬え(出エジプト20:12)旧約135頁」です。これは約束を伴う、人間関係の一番目として神がモーセに与えたことばだからです。親を敬う事は人間関係の基本であり、他の人間関係にも大きく影響します。

3:あなたの父と母に従うなら神の大きな祝福が来る。
それは、地上で長生きするという約束です。神の約束なので、私達も父母を敬う事を実践いたしましょう。申命記5:16(旧約324頁)でもう一度モーセは人々に語っています。
※私もできるだけ長生きして、神から自分に与えられた使命を全うし、次の世代に繋いでいく為、あと15年長生きさせてくださいと神に祈っています。

4:親を代表して父親に対しての勧め。当時(2千年前)ローマ帝国内の父親は今と違い権威に基づいて厳しく子どもを教育していたようであります。故に神が与えた子どもというより、自分の物としてコントロールできるという思い込みが強く働いたのでしょうか。
度々、がみがみと子どもを叱って、いじけさせてしまう事がありました。そうすると子どもはどうなりますか?逆に怒り、いらいらして、親から心が離れてしまいます。

※私達も身につまされる事ですね。自分の子育てを振り返ってみると、感情的にただ大きい声を出して子どもを怒鳴りつける事もありました。これが自分の子どもを怒らせてはいけないという意味です。今の日本のように子ども中心の子育てが多い時代ではなかったのですね。
②5~9:ここから奴隷と主人の関係
まず押さえておきたいのは、当時のローマ帝国(2千年前)は奴隷社会でした。例えば戦争で負ければ相手国の奴隷となり家畜のように買い取られます。奴隷の人として認められず、家畜同様に扱われます。人間ではなく商品です。買われたら主人の思いのまま扱われ、逃げて捕まったら殺されても主人は法律的に罰せられません。
また奴隷が結婚して子供が生まれてもその子もずっと奴隷のままです。この状況下でキリストを信じて救いを受け、新しい命を受けた奴隷に勧めがこの箇所です。

彼らに自分の立場が変わらなくてもキリストに対して奉仕するように、主人を敬い、真心から仕えなさいというのです。ご機嫌取りうわべの仕え方ではなくキリストの僕(しもべ)としての生き方を強く勧めます。主人に喜んで仕える。これがキリストの僕の生き方です。奴隷であろうと自由人であろうと良いことを行えばそれぞれ主からの報いがある事を知っている。

※奴隷の立場を社員に置き換え現代の職場に適用をするとどうなりますか。人にではなく、ただキリストに在って会社の利益となるように働く。
キリストを尊敬するものとして誠実に仕える。これが社員の基本。このような生き方は長い目で見ると結果的に主から報いを受け、主の祝福が十分注がれる。真の意味で人生の勝利者です。クリスチャンとして神に仕えるようにして働く人は会社でも出世します。これは当然ですね。

一方クリスチャンの主人に対する勧めは、奴隷を家畜のように脅す事はやめ、人として扱うようにしなさい。それはあなたの主(神)が天におられ、人を差別されるお方ではないことを知っているでしょう。主人もまた神の僕(しもべ)という厳然な事実です。この辺はピレモン書に登場する逃亡奴隷オネシモに対する主人ピレモンの愛の対応が参考になります。

以上、奴隷も主人も共に天の真の神である主を畏れて歩む時、キリストに在っては奴隷も自由人もないのです。このような生き方こそが奴隷制度を無くしていくのです。

結び
もう一度、子どもと親の関係(年齢に関係なく)、奴隷と主人(社員と経営者)の関係を考える時、キリストを恐れ尊び、互いに喜んで仕え合うなら、その関係は大いに祝福されます。(エペソ5:21)。私達も今日から、この大原則を確認しつつ聖霊の励ましと導きを受け実践してまいりましょう。そうしたらあなたや私の人生や本庄教会はもっともっと祝福されます。

今日のメッセージから

①今日の聖書箇所から、あなたは何を、どのように感じましたか。

②今日の聖書箇所から、神があなたに語り掛けていると思う事は何ですか。

③今日の聖書箇所からあなたが、今から、実行に移せることは何ですか。

④今日の聖書箇所と関連した個所や聖句があったら書いてみよう。

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