コリント人への手紙第一(9)

2019年10月20日
聖書箇所:Ⅰコリント2:6~16
説教題:成人の間で知恵を語ろう 

おはようございます。今日は前回に続いてⅠコリント2:6~16節を読んでいただきました。時間の関係で10節までになります。前回パウロの宣教は、説得力のある知恵の言葉によるのではなく、聖霊の力の現れによると語っています。そして信仰は人間の知恵ではなく神の力に支えられるのだと述べています。

6:パウロは今まで、すぐれた知恵を用いて福音を語る事はないと言っていましたが、ここでは成人の間では知恵を語ると言っています。これはどういう意味か、今までの流れから見るとこの世の知恵ではないはずです。この世の知恵は人との比較が付きまといます。

自分の知恵と人の知恵を比較して優越感を持ったり、劣等感を抱いたりします。そのような結果になるのは、全てこの世の知恵であり、神の知恵ではありません。コリント教会の信者は党派を作って自分たちの知恵を誇り、優劣を主張し競走したのです。その結果互いの非難や争い、分裂、分派が大きくなってしまいました。これがこの世の知恵の行きつくところの一つです。
但し知恵を拒否し、学ばなくても良いということではありません。常に信仰に照らし合わせて物事の本質を見極めていくことは大切です。可能な限り真摯な態度でそれぞれの分野について学んで行くことは必要な事です。

しかしパウロがここで「成人の間で、知恵を語る」と言っています。これは20歳以上の人が集まる所では知恵を語るということでしょうか。成人とは成熟したという意味ですので、信仰的に成長した人の間では知恵を語るということでしょうか。そうでない事は6節2行目から3行目を見ればわかります。神の知恵を理解し、語る事が出来るような人、それがここでは、成人、成熟した人となります。成人は人間の知恵と神の知恵の違いが分かる人ということですので、何といっても前提はキリストの救いを受けているうえでということです。

7:では成人の間で語る知恵の中身は何か?隠された奥義としての神の知恵とあります。奥義とはミステリーオン、英語のミステリのもとになっている言葉です。謎とか秘密という意味です。でもこ聖書の奥義はそういうことではありません。昔、旧約時代に隠されていたが、今、新約時代にはっきり現わされた神の真理というのが奥義の意味で、イエス・キリストの福音の事です。神は神の子イエスを、時至って人としてこの世界に送り、人の罪の身代わりに十字架に掛かって死に、葬られ、復活を通して信じたものを救うという内容です。これが隠れた奥義としての神の知恵です。

しかも神が私達の栄光の為に、世界の始まる前から、あらかじめ定められていたのです。
私たちの栄光とは、救いを受け、やがてキリストの再臨の時に栄光の体に変えられ、千年王国を治める事です。天地創造の前から、あらかじめ定められていた、私のような小さなものであっても、はるか以前から救いの内に入るように、みこころに留めておられたというのです。すごい事ですね。そこまで神の愛の対象なのです。

8:このような神の計画、すなわち神の知恵は、この世の支配者たちは誰も悟ることが出来ません。この世の知恵では、神が御子キリストを、この世界に人として送り、貧しい中で歩ませ、最後は人にあざけられ、呪われ、しかも呪いの印としての十字架に掛かって死ぬことは考えられません。ばかげたことです。でも信じる人にはこの神の知恵、計画ががはっきりわかるのです。これが隠された奥義としての神の知恵なのです。

9:イザヤ書64:4、65:17の引用です。これはキリスト再臨後の千年王国の様子です。これをイザヤは新しい天と新しい地を創造すると表現しています。今迄で考えられないようなことが、キリストの再臨以降に起こるのです。これこそが神の知恵であり、私たちの栄光の為に用意してあることだとパウロは言います。このような話はこの世の知恵では理解しえないし、この世の知恵では、ばかばかしい話という結論になってしまいます。

10:では何によって神の御計画は何によって理解できるようになるのか、それは神ご自身の御霊、すなわち聖霊によって明らかにされたのです。御霊、聖霊は神の計画と隠された事、人間の頭であれこれ考えても及ばないことまでも、探って教えて下さる。これが御霊、聖霊の御業です。今日はここまでです。

適用
この世の知恵を神の知恵の違いを見極めよう。
1、キリストの救いを明確に受けている事を確認する
2、常に本質を見極める様に考える習慣を身に着ける
3、キリストにあって幅広い知恵を吸収する
4、聖霊に好まれるのは人の前にも主の前にも謙虚で、柔らかな心と従順な姿勢が条件
5、聖霊の力をとおしてこの世の知恵と神の知恵の違いを見極める。

結び
先週の台風19号を通して知らされたことは、日本が災害大国として新たな時代に入ったということです。19号クラスの台風はこれから常にありうるのです。そうした時に私達は考え方、生き方を根本的に考え直す必要があります。その中にあっても神の知恵、御霊を受けて学んでいくと同時内で生きられるのです。それを願い求めながら歩んでまいりましょう。