神の御姿であられる方なのに 

2022年12月23日

2015年12月20日
参照聖句:ピリピ2:1~11
説教題:神の御姿であられる方なのに 
クリスマス賛美礼拝

アドベント4週に入り、ろうそくも4本になりました。皆さんいかが過ごしでしょうか。
先週の火曜日に石巻に送るクリスマスプレゼントの荷造りをしました。水曜日午前中に届いたとの連絡が入りました。また水曜日は11名でケアハウス・グリーンピースを訪ねキャロリングの時を持ちました。本庄教会の皆さんが賜物豊かな方ばかりでありますのでケアハウスの方々も喜んでくださいました。こうして今日クリスマス賛美礼拝を捧げる事が出来ますことを感謝します。

さて今日はクリスマスの意味についてピリピ人への手紙から共に考えてまいりましょう。この手紙は使徒パウロがピリピと言う町にある教会の信徒たちに書き送った手紙です。そして1章ではキリストを信じた人は信仰と共にキリストの為の苦しみを賜ったのであると言っています。賜るのですからキリストの恵みを深く味わうための苦しみです。この苦しみをパウロも受けています。
故に2章1節で前の流れを受けて「こういうわけですから」と書き出しがあり、イエス・キリストにある信者の生き方についての勧めがあります。

1~3謙遜の勧め
創造主の前にあって自分の弱さを認めイエスを信頼して生きる人が真に謙遜な人です。へりくだってとありますが、人前で「自分は何もできない」とばかり言うことではありません。そのような人に限って心の中では私は他の人よりも優れていると思っている場合が良くありますので真のへりくだり、謙遜とは言いません。

真に謙遜な人は他人の良い所、優れたところを見て、他の人を自分よりも優れていると考える人です。このような生き方をしようとパウロは勧めています。これは私たちに対する勧めでもあります。

具体的には自分の利益だけではなく、他の人の利益も重んじて生きなさいという勧めです。あなたの隣人を自分と同じように大切にしなさい、大事にしなさいと言う生き方に繋がります。その生き方の模範がパウロの示す主イエスの生き方です。どのようなものでしょうか。次に出てきます。

4~8パウロの示す生き方の勧め
①キリストは神の御姿であられる方
神の御姿とは白い服を着て、ひげを伸ばし仙人のような恰好をしているということではありません。
(勿論一人でも千人とは言いません)これは、イエス・キリストの性質、本質が創造主なる神と同じ方なのだという事です。
例えば、全世界を何もない状態から創られた方。今も生きて全世界を治めている方。常に真実な方。正義である方。罪を徹底して嫌う方、慈悲深い方、一方的な恵みを持って人と関わる方、一つも欠点が無く完全な方。すべてを知っておられる方(全知)。罪を犯す以外は何でもできる方(全能)。永遠に変わらない方。どこまでも人の自由意思を尊重してくださるお方。キリストはそのような神の本質をすべて兼ね備えているお方です。

②ご自分を無にされ、仕えるものの姿をとられた
創造主なる方が、神の在り方を捨て、私たちと同じ人となって赤ちゃんとして処女マリヤを通してこの世界に来られた事を、ご自分を無にされ、仕えるものの姿を取られたと言います。これをクリスマスとして私たちはお祝いするのです。私たちと同じ人間ですので、悲しい時には涙を流して泣き、うれしい時は喜び、面白い時には笑い、腹が減ったら食事をし、ぶどう酒も飲み、人が悪いことをしたら怒ることもありました。但し違いが一つだけあります。それは何でしょうか。罪を犯すことが全くありませんでした。33年間の生涯で一度も罪を犯していません。心の中でもです。故にキリストは人であり、創造主なる神であります。両面性。それが8節の言葉です。

③十字架の死にまで従った
イエスの地上での生涯は33歳で終わります。若いですね。人間の形をとってこられた最後のみわざは十字架のむごい死刑でした。十字架の上で6時間にわたって苦しみ続け、痛めつけられ、人々からあざけられて死んでいきました。この当時十字架刑で死刑にされる人は墓に納められず、鳥や獣に食べられて骨だけになります。しかし、イエスの場合は聖書の預言通りに遺体が墓に納められ埋葬されました。しかし三日目に栄光の体をもって死人の内より甦ったのであります。復活です。
これはキリストの御業が神の前に正しいことの証明です。信じるものが完全に罪赦される土台となる行為です。
イエスの十字架の死は何の為だったのでしょうか。イエス自身の罪の為に死んだのでしょうか。そ殉教の死でしょうか。そうではありません。人の罪の身代わりの死であり、信じるものの罪が神の前に赦されるための死と復活の御業です。
ここにいるあなたや私の罪が赦されて新しい人生を送る事が出来る為に十字架に掛かって死に、よみがえられたのです。この十字架の死と復活の御業は私の為だと信じる人は新しい命を受けます。これを聖書で救いと言います。信じただけで救われるので福音、良い訪れと言います。今日あなたは心の中で是非イエスを信じてください。

9~11すべての人にたたえられる
やがて世の終わりの時に全世界の人はイエス・キリストは主であると崇める日が来ます。

適用
キリストの御業を自分の事と受け止めよう。
クリスマスの時期にあって人となってこの世界に来られたイエス・キリストを身近に受け止めてください。そしてあなたの人生の諸課題すべてに解決を与え、あなたを真に生かして、新しい命を与えてくださる為に十字架上で死んでよみがえられた救い主キリストを心の中に受け入れてください。これこそクリスマスにすることではないでしょうか。

結び 暗唱聖句 ピリピ2:6~7